というわけで『仔犬のワルツ』

もうワルツもかなり成犬になってるんだろうな。はてなでもっとも遅い『仔犬のワルツ』感想かもしれませんw
初回と最終回の印象がここまで違うドラマも珍しいように思います。途中では誰が犯人なのかと推理さえしていましたが実はそれはすごくちっぽけなことだと気付いた瞬間、このドラマは健二を中心とした壮大な叙事詩だと気付きました。あまり視聴率が芳しくなかったのもテレビドラマとしての枠からはみ出ていたからではないかと思います
ですからどうせならもっと型破りな演出があっても良かったなというのが正直な感想です。生き残りを賭けた試験。ドラマの導入部においてはずせないシーンではありますが、アレって実は必要ないですよね?ワルツの存在も(ry。そこにはテレビドラマという縛りが邪魔な気がしました。視聴率の動向とにらめっこしながら途中でシナリオを弄ったのかどうか非常に興味があるところですがw

「何がウソで何が本当なのか?この物語は真実がわかりにくく、善悪があいまいな現代社会を風刺したもの。最終回では、目が見えないゆえに見えた真実を、
葉音にはなるべく言葉にして語ってもらおうと思っています。彼女のハートが何を感じたのかを聞いて欲しい」(TVジョン6月9日発売号)

少なくとも私にとっては初回を観た感想からはありえない到達地点なんですよ。それは主な登場人物の初期の行動が最終目標とまったく合致していない中、葉音だけが信じれるものに出会い、初志を貫徹した事実を浮き立たせるための技法だったともとれます。しかし、その起点が盲目だからという安易さは少し戸惑ってしまうところです
最終話を観て思ったのですがこのシナリオはテレビドラマよりもミュージカル仕立てのお芝居にして実際に目の前で観てみたいですね。安倍さんもコンサ会場で肉眼で観たほうが数倍かわいいしw時間的配分が相当難しいとは思いますが本物の健二が炎に包まれた教会で超絶技法の『グロリア』を奏でるシーンとか、葉音と芯也が見つめあう中、銃声が鳴り響き、その瞬間に幕が下りるとか、小暮刑事のチョコネタもブラウン管よりも絶対生きてくるはずです
いろいろ文句を言いながらも最後にはドップリとドラマの世界観に嵌ったので楽しめましたが、それと同時にテレビドラマの限界にぶつかって四苦八苦する制作者の憤りをも垣間見てしまったような後味の悪さがあったのも事実です